「普通」の定義なんて、曖昧すぎる!そんなものにしばられていたら人形と同じだ!

wystawa
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人の目ばかりが気になって、思いっきった行動ができない。

見知らぬ誰かに嫌われるのが怖くて
自分の意見を言えない毎日。

いつも生きていくのに
息苦しさを感じている。

他人と違うことが恥ずかしくて
人前に出ることができない。

あなたは、そんな思いを抱えて生きていたことはありますか?

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私はずっとそんな思いを抱えて
生きてきました。

私の小さい頃は、親から「”普通の子”でいるように!」
そんなことを聞かされて育ちました。

「あの家の子みたいにあなたも普通でいなさい」

「どうして普通でいられないの」

普通

普通

普通

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”普通”ってなんだよ!!!

私は、ありもしない”普通”の定義に縛られて生きてきました。

あいさつ

こんにちは^^
本日も当ブログにお越しいただきありがとうございます!
izuru00と申します。

今日の記事はいつもと雰囲気が変わって、
真面目なお話です。

といっても今回の記事は誰かに向けたものではなく、
私自身の感情を忘れないため、
それと、いつでも私の想いを見直すために自己満足で書いています。

私って忘れやすいんですよね((笑))

せっかく大事なことを考えてても、
何か別のことに気をとられていたら
直前に何を考えていたか忘れてしまう。

でも、ブログにその時の感情を残しておけば
いつでも見返せるし、その時の気持ちを思い出すことができる。

なので、今回は”私”に向けた記事です。
ただ、もし私と同じ気持ちで、
この記事に共感して読んでいただけたかたがいれば、
ぜひコメントを貰えると嬉しいです。

”普通”ってなぁに

【普通】
普通(ふつう)とは、広く通用する状態のこと。普通の『普』は、「あまねく」「広く」を意味する字である。
また、「一定基準を満たしている」「問題が無い」「短所を持たない」といった好ましい意味で使用されることもある。
対義語として、「特別」「特殊」「特異」「奇異」。類義語として、「一般」「通常」「平常」「平凡」「平庸」「凡庸」「平(ひら、なみ、つね)」「常(なみ、つね)」「庸(なみ、つね)」「並(なみ)」など。
※ウィキペディアより※

親からすれば、
子供は”普通”でいてもらったほうが助かるんですよね。

「一定基準を満たしている」
「問題が無い」
「短所を持たない」

こんな子供がいれば、
たしかに親が子供のことで悩むこともないでしょう。

だから、私の親は何度も口をすっぱくして「普通でいて」!
と、私にいってきかせたんでしょう。

私も子供ながらに親の言葉を
一生懸命きことこう思っていました。

「普通の子でいなきゃ」

でも、
そもそも”普通の子供”ってなんですか?

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親の言うことを良く聞くことが”普通”?

”普通”の子供は親に迷惑をかけない?

”普通”の子供は自分の感情表現をしないで、誰かの指示をまっていればいい?

何をどう行動すれば、普通になれるのか。
親から教えてもらったかたがいれば、ぜひ教えてもらいたいです。

”普通ってなに?”

大人になった今でも、
私は”普通”というのがよくわかりません。

人の考え方は自由なものだ

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”普通”という曖昧で存在がはっきりしない言葉で縛られた私は、
誰かと対立ができなくなりました。

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突然ですが、上の図をみてください。あなたはこの図が何に見えますか?

ある人は、2つの人の顔といっている、
またある人はツボだといっている。

どっちが正しいのか?

こんな空想の選択肢が2つきた場合、
(普通ならどっちを選べば正解なんだろう??)
なんて、どうでもいいことまで考えないといけなくなったんです。

 

 

正解は、

どっちも正しいです。

2つの人の顔でもあり、ツボでもあるんです。
どっちでもいいんです。

大事なのは、
その人がどうしてそう思ったか。
その人の考え方に至った過程が大事なのに・・・・・

”普通”に囚われると、
過程ではなく、先にどちらが正しいのか、という結果を考えてしまいます。

曖昧な言葉で縛られると何もできなくなる

 

考えのない、「結果」ってうすっぺらくないですか。
その結果に”私の”意見は入らないんです。

意見をしないのなら、私は人形と何が違うんでしょうか。

実際、私は
「人形みたい」
と言われたことがあります。

人形のような容姿ではなく、
人形のように意見も言わず、ただ言われたことをこなすだけの存在だった時期があります。

何も自分の意見を持たず、
ただ言われたことをやればいいのは
本当に楽です。

私は考える必要がないのですから。
「考える」という面倒なことは全て他の人がやってくれます。

思考停止というものですね。

その人形のような時期は、
自分で考えることがない分、楽だと思っていましたが
実際は、とても心が苦しかったです。

心って、生きている限り
結局思考を止め続けることなんてできないんです。

今では恩人のおかげで、
(私はあの時期は心が苦しかったんだな)、と気づくことができました。

”普通”という言葉に縛られる人生は、
辛いと気づいた私は少しづつですが

”私の人生”というものを意識して
生き始めらていると思っています。

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